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名古屋城本丸御殿復元&金シャチ横丁建設進捗 - ■まちづくり・都市開発

名古屋城本丸御殿復元&金シャチ横丁建設進捗

  •   21, 2017 07:41
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現在、名古屋城では本丸御殿の整備、飲食店や物販店舗の「金シャチ横丁」の整備、そして天守閣の木造復元の決定がなされています。
かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で、現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました。

勇壮な天守閣と優美な御殿が並び建つことで、名古屋城は城郭建築としての風格を形成しており、1930年に国宝に指定されましたが、1945年5月、空襲により天守閣、本丸御殿ともに焼失してしまいました。
戦後の復興にともない、1959年(昭和34年)に天守閣は再建されました。本丸御殿についても、江戸時代の文献のほか、多くの写真、実測図が残されており、在りし日の姿を忠実に蘇らせることが可能で、現在それらの資料を活用し、本丸御殿の整備が進められています。






◆参考資料、引用元
名古屋城 公式ウェブサイト
日本経済新聞 なごやめし大集合「金シャチ横丁」に来春19店














名古屋城本丸御殿は、狩野貞信や狩野探幽など日本画史上最大の画派「狩野派」の絵師たちにより、部屋ごとに異なる題材で床の間絵、襖絵などが描かれ、絢爛豪華に彩られていました。
戦災により本丸御殿は失われましたが、取り外すことができた襖絵や天井板絵などは焼失を免れ、今も大切に保管されています。
そのうちの1,047面が国の重要文化財の指定を受けています。 狩野派芸術をよみがえらせるため、当時と同じ素材や技法を使い、 狩野派の絵師たちが、全精力を注いで描いたものだそうです。









一面、金色の襖が取り付けられた「表書院」です。
奥の部屋は一段高くなっており、そちらは「上段之間」となります。









表書院上段之間の床の間の様子です。
床の間まで金色で、遠い昔はこちら側に位の高い人が座っていたのでしょうか。








天井の黒い格子が特徴的な「対面所」の様子です。
対面所は藩主と身内や家臣との私的な対面や宴席に用いられました。
上段之間や次之間には、四季の風景や名所が多くの人物と共に描かれています。








●金シャチ横丁
金シャチ横丁とは、名古屋の武家文化のシンボルである名古屋城及びその周辺の魅力を一層向上させるとともに、国内外からの来訪者に対して名古屋の魅力を発信することを目的とした施設です。
 その段階的な整備の第一段階として、名古屋城正門側及び東門側の2箇所に飲食店や土産物店などの物販店舗を整備しています。








地下鉄名城線市役所駅もある大津通に面した場所に整備が進められている金シャチ横丁の様子です。
正門側は「義直ゾーン」、大津通に面した東門側は「宗春ゾーン」と名付けられました。



整理番号 まちづくり0004-01

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